ずっと自由時間@占星術blog

宇宙や星や日常のこと

同居は人間にとって不適切な生活形態

時の流れは早いもので、きづけばもう夏至ですね。

 

ずいぶん遅くまで日が伸びたなあと思ったら、もう日が短くなるターンです。

 

この太陽のサイクルはマクロはミクロ。寄せては返す波のように

 

地上に生きる私たちにも当然に貫いている法則です。

 

わたしたちはどんなものでも極まれば反転してしまうルールの中で生きています。

 

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陰陽太極図

一人の人間の中に陰と陽の両方があって、

 

一日とかその都度プラマイ0にできれば一番バランスが取れていると言えます。

 

しかし長期間どちらかに偏ると莫大なしわ寄せを自ら招いたり、外部から急に反動がやってきたりします。

 

偏っている状態っていうのはそれほど不自然な存在なのですね。

 

最近思うのは、寝ている時間と起きている時間は本来なら同等であるべきだよなあと思います。

 

まぁでも、なんやかんや夜更かしして結局は5~6時間睡眠になってしまうのだけれど。

 

なるべく睡眠時間を延ばすようにしたいものです。

 

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 さて、先日ニュースで同居の嫁姑問題の末に起こった殺人事件が報道されていました。

 

ソース記事がちょっと出てこなかったのですが、数週間前に報道されていたと思います。

 

既にお子さんが成人しているお嫁さんがお姑さんを殺めてしまったという記事でした。

 

当然、私は実情を何も知らない部外者ですがそれをみて

 

犠牲になったらいけないってこういう事だよなあとしみじみと思いました。

 

私は実家が同居家庭だったのでこういった問題は程度の差はあれ、肌感覚でわかります。

 

母親の気苦労や大変さは言うまでもなく、そういう家庭にはどのような空気が流れているかも分かります。

 

こういうニュースを見るたびに

 

自分の為にも人の為にも、長期に渡る自己犠牲はいけないんだよなぁと思っています。

 

怖い事を言いますが、 自分を加害者にするほど我慢させないことは他人を被害者にさせないことでもあります。

 

お子さんが成人しているので、おそらく20数年の我慢を一瞬で相殺してしまったのだと思います。

 

こういうケースでは選択肢は3つあったと思います。

 

①このまま姑が生きている間は今まで通り我慢して自分を犠牲にしつづける苦しい道。(性質的に反撃したりできないやさしい性格であればこれ。泣かされ続けているのにこれができる人は肉体的にも精神的にも本当はかなり強い人だと思う。普通の人は中々できない)

 

②1人でも良いからどうにかして家を出る。(冷静に考えてこれしか自由になる道はない。)

 

③すべてを終わらせるべくもうヤルしかない。(出ていくための家族の理解や自身の経済力や行動力が無かった場合。また憎しみが煮詰まり精神的に追い詰められて視野が狭くなった結果)

 

 

やっぱり②だよなあ。勇気がいるけれど。③だとまたカルマを背負っちゃうし。

 

そう考えると一言の嫌味を一言の皮肉でやり返す健全さったらないですね。

 

とっても安全。

 

けどそれができないから大変であり、できる関係性だったなら憎しみは煮詰まらないですし。

 

それこそ120度90度180度のアスペクトのような人間同士の相性ってありますからね。

 

相性の良し悪しに限らず、独立したチーム同士が一方のルールに支配されている関係性は健全ではないですから、

 

ほんと、2世帯同居って人間にはつくづく不適切な生活形態だと思います。